13面体の賽子

最後に決めるのは自分だ。断じてサイコロではない。

受かる試験、受からぬ試験 100日ブログカウントダウンマラソン31日目

人より多くの試験を受けてきたつもりではある、けれど

勝ちは圧倒的に少なかった気がする。

資格試験からはたまた高校受験、大学受験などの競争系、定期試験から模擬試験まで結構な種類・数の試験を受けてきた。

浪人も一年経験したし、編入学試験などの変わり種な試験も受けてきた。少なくとも一端の試験ホリックだと自負している。

それでも、勝ちよりも圧倒的に負けの方が多かった。勝ちたい試験では悉く負けてきた気がする。

英検一級なんかよりも京都大学に合格したかったし、いつだって負けを覚悟できる試験では何故か合格していた、ということの方が多い。ちなみに、自分の予想とは異なる結果だった時ほどダメージ的な何かが多い気がする。

試験を多く受ける理由は何か

単純に、面白いからだと思う。

同じ12時間を与えられているならば、試験会場で問題を解いて過ごしたいし、同じ1万円を使うなら、検定料として使いたい。

あとは、試験を多く受けることで何かしらの成長があるのではないかと期待しているからかもしれない。出来る限り多く自分を無理やり試す場に連れ出すことで何か新しい発見があるかもしれないと考えている。

少なくとも定期的に自分を戦う場に引っ張り出せるのは良いことである。

 

緊張感とか戦ってる感じとか

また別の記事でも書くかもしれないが、今までで一番良い空気*1だったのは、やはり大学受験であった。

模試や資格試験とは空気が違う気がするのである。資格試験は、英検一級の時はかなり大学受験の時に近かったが、自分の心持が異なるのか、心地よい緊張感だとか昂揚感だとか触れれば斬れる様な鋭さが無かった気がする。それでも他の試験よりはあったとは思うが。

負けた人間が何を、と思われるかもしれないが、あの良い空気は何度でも味わいたいと思う。

 

勝ちに不思議の勝ちあり

これは本当だと思う。

今でも自分がどうして英検一級に合格したのか、そして国税専門官一次試験を突破したのか分からない。

 

clown-crown0798.hatenablog.com

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本当に合格したい試験程合格せず、どっちでもいいか、といった気分で受けた試験程合格しているのはこれ如何に。

 

グダグダな記事の31日目。

*1:和やかな雰囲気とかそういうものではなく、「ああ、戦いだな」と思えるような空気である