13面体の賽子

最後に決めるのは自分だ。断じてサイコロではない。

仙崎が同窓会に出ない理由 100日ブログカウントダウンマラソン29日目

眠れる森の美女が眠る原因*1が確かこんな感じだった気がする

時たま、昔の友人に出会うことがある。とはいえ、名前を忘れてしまっている場合が多く*2、何とか話を合わせるレベルから、頻繁に連絡を取って次にいつ会おう、などと年に数回会う約束をするレベルまで、様々である。

この話を大学の友人にすると、「じゃあ同窓会に行けばいいじゃん」という結論になるのだが、仙崎には同窓会に行けない極めて個人的で意地の張り合いのような理由があるのである。

中学生の時だったか、卒業式後に仲の良い友人に会う機会があった。

その時に、自分には知らされていなかったが、卒業式後3日以内に学年全員が集まれるかどうかは別として集まろう、という企画があったらしい。どうやら学年全員にメールで通達があったらしかったが、私の所には連絡すら来なかった。

行く行かないは別として、せめて連絡してくれても良かったのではないか、と考え、その時に「今後一切の同窓会的集まりには参加しない」という自分ルールを作ることになった。

 

同窓会に出る必要性とかなんとか

高校を卒業した後、仙崎は浪人していたというのも相俟って、益々同窓会から離れる生活を送っていた。

出なくなったものの、親しい友人の連絡先はちゃんと知っていたし、連絡も取っていたので別段困ることは無かった。現在もさして困ることは無い。

仲の良い友人に連絡取れるのにもかかわらず、何故同窓会に出なければならないのかということになる。出る必要性を感じられないのだ。

他に同窓会に出たくない理由としては、「金を払わなければならないこと」がある。

何故に飲み食いしたいかどうかわからない相手に会うために金を払わなければならないのか。

極度に美化された(戯化された)思い出を語り合うために飲み食いをすることに金を払わなければならないのか。

同じ金を払って飲み食いするならば、気の合う友人や本当に会いたい人と飲み食いしたいというのが仙崎の本音である。

また、大体同窓会というものは「同窓会費」なるものを要求してくる場合が多い。その場の飲み食いだけでなく、よく分からないものにも金を払う必要が出てくるのだ、そのようなお金の使い方は仙崎の信条に反する。…仮令その金が生み出す人脈が有益なものであったとしても、である。

 

何故同窓会に出るのか

逆に人は何故同窓会に出るのだろうか?

自分だけでなく、級友も年老いていく姿を眺めるため?

若かりし頃の美しい思い出を語り合い、現実から目をそらすため?

昔あこがれていた人がどのような生活を送っているのかを知るため?或いは二度目の何とやらを始めるため?

現在のステエタスを学生の頃の友人との張りあい宜しく張りあうため?

 

もしかしたらまだ大学生である仙崎には分からない理由で同窓会に出るのかもしれない。同窓会が明日を生きる活力になるのかもしれない。

それでも、今のところ同窓会に出る予定はない。

 

29日目。

 

 

*1:グリム版では、子供が出来なかった国王夫妻にやっとできた子供に祝福を授けるために国中の魔法使い13人のうち一人を除いた12人が呼ばれ、呼ばれなかった最後の一人が呪いをかける

*2:そもそも名前を覚えるのが仙崎は得意ではないので元々知らない場合もある