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13面体の賽子

最後に決めるのは自分だ。サイコロではない。

iPhoneと馬鹿 100日ブログカウントダウンマラソン29日目

高校生の頃の思い込み

自分が高校生の頃は、iPhoneなりiPodなりがよく知られるようになっていった時期と重なっていたはずだ。


当時私はガラケーユーザーで、月の携帯電話料金は千円以内。携帯電話でネットを使用しないので、パケット通信定額サービスすら利用しておらず、携帯電話は専ら電話、メール、目覚まし、タイマー、メモ、非常時のアラーム程度しか使っていなかった。

パソコンも月に一、二回程度使えばいい方で、情報はテレビ、ラジオ、新聞、電子辞書、書籍、友人との話からしか手に入れていなかったと思う。(それでも情報の授業はさして困らず、大学に入ってからもパソコンで困ったことはない。学部が学部だからかもしれないが)


当然ニコ動とか2chも名前は知れど実態は知らず、という状態である。

そして、はじめてiPhone及びiPodを見たとき思ったことが、

「これを使うとアホになるのでは?」
という危惧であった。

携帯電話でもパソコンでも答えは一瞬にして完璧に出てくるのである。ボタンを押せば、キーボードを使えば即座に。
はじめて携帯電話を触った時、「これはアホになるのではあるまいか」と思ったものだ。
複雑怪奇な漢字ですら瞬時に打ち込める。覚えて書く必要はない。(友人に「憂鬱」をガチで覚えていて書ける奴がいた)
夏休みの難題の一つである読書感想文ですら、パソコンに秀作が出ていると聞いた。(それを校内の誰かがパクっていたらしく、しかも同じものをパクっていた人間が二人いたらしく、問題になったことがあった)

ボタンですら思考を止めるのだ、ましてやしゅっ、だとか、すっ、だとかするものなら更に何も考えなくなるのではないかと恐れを膨らませていた。


成る程便利だ、

しかし大学に入学して片道2時間以上をかけて通学するようになってからは、様々な必要性からiPhoneを持つようになった。

成る程便利ではある。

行き先もスムーズに調べられるし、勉強時間もカップ麺の時間もすぐに計ることができる。

道中にレポートの調べ物もできるし、地図を探して行きたい場所にも行ける。

便利だ。

使う前に抱いていたイメージとは大きく異なる。

自分がiPhoneを使い出して馬鹿になったかどうかはわからない。

確かに以前より漢字は出て来にくくなった。英単語はもともとスペルに自信がない。

憶えていた日本史の事項も化学式も数学の公式もほとんど抜け落ちた。

でも調べれば一発、である。


高校生の頃とは求められるものが異なったから考えが変わったのかもしれない。

記憶よりも創造に重きが置かれるようになったといえばあまりにも格好付けすぎだが、まあそんな感じになって来たのだろう。


高校生の頃想像していた「馬鹿さ」には当てはまるのかもしれないが、その分別な面で「賢く」なっているのかもしれないしなっていないのかもしれない。


ただ、確かに高校生の頃は持っていて、今は失ったものがあるといえる。


地図検索精度が向上し、目的地には素早くたどり着けるようになった。
一瞬でなんでも調べられるようになった。

でも、

目的地周辺や、裏道などをわざわざ通ろうという気が減った。
人に聞いたり紙の辞書を使ったりするという手間をかけようという気が減った。

結果にたどり着くことは容易く素早くなったが、今までは試行錯誤の結果手に入れていたその周辺を知ることが極端に減ったのである。


だからなるべく時間がある時はちょっとした寄り道をするようにしている。

何と無くGPSを使うと、機械に導かれているような気がするし、たまに自分で考えた道を使った方が速いんじゃないかと思う時もある。


もちろんiPhoneの御陰で色々なことを集めたり記憶したり整頓したりするのが簡単になったことは否めない。


要は使い様によるということなのだろうか。

29日目。